ガスレビューコラム



2025.05.21
高圧ガスとしてだけでなく、薬としての特長も併せ持つ医療ガス
医療機関で呼吸補助に使われている医療用酸素や麻酔用として使われている亜酸化窒素などの医療ガスは、高圧ガスとしてだけでなく、医薬品としての取り扱いが求められることから、一般工業用ガスとは、異なる特性を持っている。
クスリとしての品質、安全性も併せ持つ医療ガスについて紹介しよう。
「高圧ガス保安法」と共に、「薬機法」への準拠も必須
先ずもって、医療ガスの取扱事業者は、医療ガスの製造・輸送・販売等にあたって、医薬品医療機器法、いわゆる薬機法(厚生労働省)に準拠しなければならない。
これは、例えば製造(充填)工場の設置では、高圧ガス保安法に則った製造許認可及び保安統括者の選任と共に、薬機法に従い「医薬品製造業の許認可取得」「医薬品製造管理者の選任」が必要となる。
販売についても同様に医療ガス販売時に「医薬品製造販売業」など、一般工業ガスには無い許認可を受ける必要がある。
供給設備に関しても、特別な対応が必要だ。
医薬品の品質保証の為の国際スキーム「医薬品査察協定及び医薬品査察協同スキーム(PIC/S)」に加盟する日本では、薬機法において「医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令」(GMP省令)の元、医薬品製造所での徹底した品質管理を求めている。
医療ガス製造所は同省令の適用対象には含まれていないものの、国際整合性を図るべく、業界団体である日本産業・医療ガス協会(JIMGA)の自主基準としてGMPに即した形での自主管理を行っている。
製造したガスについても、日本薬局方の規定に従い、所定の方法での試験が必要となる。
もちろん、医療ガスも高圧ガスである以上、その製造や充填、保管等にあたっては、高圧ガス保安法による厳格な安全管理が求められている。
性質の異なる2種の規制への対応が求められるのが、医療ガスの特異性である。
医療ガスに特化した供給事業者の事を、俗に医療ガスディーラーと称しているが、医療ガスディーラーは、一般高圧ガス取り扱い要件を満たすだけでなく、医薬品供給者としての資格要件を備えている事業者なのである。
医薬品としての公定価格=薬価の存在
医薬品として取り扱われる医療ガスは、取引価格にいても一般工業ガスと異なる点がある。
「薬価」の存在である。
薬価とは、国が定める医療用医薬品の公定価格のこと。
ドラッグストア等で購入できる一般医薬品とは異なり、医療機関で処方される保険適用の医療用医薬品は、「薬価基準」に収載され、その価格が定められている。
その種類は実に約1万8千点以上にものぼるが、薬機法が医薬品と規定する医療用酸素も、その一つで、荷姿別(CE、LGC、ボンベ)、供給先別(離島、それ以外)でリットルあたりの単価が定められている。
薬価は、医薬品市場における公定価格であり、医療機関は薬価に基づき、処方した薬の価格を患者に請求する。
薬価以上の価格で請求することは基本的に無いので、薬価はその医薬品の上限価格とみなすことも出来る。
医療機関と卸売事業間は自由な価格競争
一方、医療機関と医薬品卸売事業者の間の取引は、自由な価格競争の元で行われている。医薬品の卸値は個々の価格交渉で決定している。
医療機関や医薬品を扱う薬局は、可能な限り医薬品の調達金額を抑えて薬価との差による利益(薬価差益)を得ようとするから、市場では卸売事業者間で価格競争が発生し、医療機関と卸売事業者の取引価格は薬価を下回る結果となることが大半である。
ちなみに、薬価は2年に1度、診療報酬改定のタイミングに合わせて見直しが行われる。
この際、参照されるのは「実際の取引価格」。
市場実勢価格加重平均値調整幅方式により、薬価調査で算出した市場実勢価格(加重平均値)が、現行の薬価と著しく乖離していると判断された場合には、改定時に薬価が引き下げられる事となる。
すなわち、
「医療機関が薬価を下回った金額で医薬品を調達」→「価格競争により、最も安い価格で医薬品が取引」→「競争が激化すると、薬価と実勢価格に大きなギャップが発生」→「実勢価格の調査結果に合わせて、薬価が引き下げられる」…
こうした循環構造を持つ薬価制度とは、収載済みの医薬品にとっては、基本的には〝価格を引き下げていく為の制度〟として機能しているともいえる。
薬価の存在で価格改定が困難
こうした制度下で取引される医療ガスは、一般工業ガス以上に価格改定が困難を極める商品となっている。
一般の医薬品と異なり、輸送や貯蔵に専用の供給インフラが必要な高圧ガスの場合、昨今の製造や輸送・貯蔵に関わる機器設備コストや輸送費、人件費増によって、従来のようなサービスを将来に亘って提供できないのではないかという懸念が生まれるところに来ている。
医薬品として上記の薬価制度によって価格が引き下げられる傾向にあるだけに、これら輸送費、人件費等のガス価格への転嫁についても、決して容易なものではない。
基本的には引き下げる方向で議論が進む薬価改定だが、事業継続が困難な程に低下した薬価については、その金額を上方修正する「不採算品再算定」が行われる事もある。
個社単独での医療機関との価格交渉を継続すると共に、業界全体でその窮状を医療機関及び国に訴えかけていく事が求められるのが、医療ガスの今日的課題である。